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2009.10.26(月)

稽留流産した時のこと。

妊娠娠がわかったのは、2008年8月半ば頃。

生理予定日の翌朝、妊娠検査薬(チェックインファスト)が陽性に。 検査薬
ぽんもだんなさま(だぁ~)も、早く赤ちゃんが欲しかったので、
すごく喜び ぱちぱち ました。

1週間後に病院 病院 へ行き、
妊娠5週目と診断されました。
同じ日に、直接両親たちに報告ができ、
みんなとても喜んでくれて、嬉しかったです。

次回の検診は2週間後。
妊娠に関する本や雑誌を購入して、楽しみながら読んで過ごしました。

つわりは結構ひどかったけど。
かわいい赤ちゃんが育っているんだと思うと、
辛いとは思わなかった。

7週目の検診日。
病院の先生に
「胎嚢(たいのう)は大きくなってるけど、
通常より胎芽が小さいですね。
心拍がまだ確認できないですね。
万が一の場合は…処置は何もできないので。」と言われました。

もらったエコー写真には小さな胎芽が見えました。

がんばれ、ぽんの赤ちゃん…。

次の検診まで1週間。
とても不安な1週間を過ごしました。

母親にも話しをしましたが、
「あまり心配しすぎると、よくないよ。昔はエコー写真もなかったんだし。」
となだめてくれました。

8週目の診察日。
本当はだぁ~も一緒に
病院 病院 へ行ってくれるはずでした。

でも急に、仕事の予定が変更になり、
どうしても今日は休むことできないと言われ、
仕方がなく、一人で病院へ行きました。 手書き風シリーズ28顔3

「きっと大丈夫。」

しかし、診断は。。。

「残念ながら流産してますね。」と先生に言われました。
先生の目の前でただ、号泣 号泣 しました。

「母体のために、手術は早い方が良いです。
この病院では手術できないので、他の病院を紹介しましょう。」

ただ泣くことしかできなかった。

病院の待合室にいるのは、ほとんどが妊婦 妊婦 さんでした。
泣いているところは見られたくなかった。
涙がでないよう、我慢して…。
がんばって涙をふき、うつむいたまま会計を待ちました。

病院をでてからは、涙をこらえることができませんでした。号泣
そのまま、号泣しながら、運転 手書き風シリーズ42車 して帰りました。

仕事とはいえ… 汗
一緒に診察に行ってくれなかっただぁ~を、少しうらみました。アップロードファイル

お昼近くに、だぁ~からメールがきました。
「だめだったよ。」
心配して電話をくれましたが、号泣 。号泣 するしかなった、ぽん。
その日はほとんど泣いて過ごしたと思います。

ぽんの妊娠を喜んでしてくれた、親や姉。
流産したって報告するは、ものすごく辛かった。

翌日、紹介してもらった病院へ。

確認のため、内診をしてくれました。
「胎芽はさらに小さくなっていて溶けてなくなってます。」と
先生に言われたとき、本当に悲しかった。

「稽留流産」と診断されました。
先生曰く、
「特にあなたが悪いとかじゃないから…。
妊婦さんの初期には流産は10人に1~2人によくあることだから。
原因の7割以上が染色体の異常等で、
赤ちゃん側にあるんですよ。」

稽留流産とは…
妊娠しても子宮内で胎児が死亡してしまい、
妊婦になんの症状もない流産の事をいう。
自覚症状がなく、
出血や下腹部痛を全く伴わない流産で、
流産したのかどうかも分からないまま
手術をしなければいけないという状態になる事もある。



「母体のためにも早めに手術した方がいいです。」と言われました。

2日後に手術を決めました。
子宮の内容物を除去する手術です。

流産。
よくあることだとわかってはいましたが、
まさか自分が !?

自分は悪くないと言われても、
赤ちゃんに申し訳なかった 涙
悲しさは消えることはない。
どうしてって…。
泣いても泣いても…涙がとまりませんでした。



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スレッドテーマ:不妊治療 ジャンル:結婚・家庭生活
│posted at 10:21:39│ コメント 2件トラックバック 0件
≫コメント 
私は、今年の8月に顕微授精で妊娠できましたが、9月に8週で稽留流産し手術しました。
ぽんさんのブログを拝見し、おんなじ様な気持ちで流産した時のことを思い出しました。

初期の流産はよくあること、多くは母体のせいじゃない・・・
分かっていても、なぜ私が・・・って思うと、涙は止まらなかったですe-263
こんなに涙があるのか?ってくらい、泣きました。

今でも、思い出しては悲しくなる事がありますが、短い期間でも母になれた事は、ほんとうに幸せでした。

きっとまた会えると信じて、お互い頑張りましょうね。
うさこぼし☆│URL│posted at 2009-10-26(Mon)12:53│編集
コメントいただき、ありがとうございましたv-238
うさこぼし☆さんも辛い経験をしたばかりで、
色々とお辛いですねv-356
※ブログも読まさせていただきました。

きっとまた、赤ちゃんに会えますv-344
お互いがんばっていきましょうv-221
ぽん│URL│posted at 2009-10-26(Mon)13:33│編集
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プロフィール

ぽん

Author:ぽん
旦那サマと2人暮らし 情熱ハート
  アップロードファイルアップロードファイル
東京都(郊外)在住 家
2006年11月入籍、
 2007年1月挙式 ウエディング
旦那サマの海外出張を機に、
 2007年8月末仕事を辞める。
2008年1月からベビまち♪ ハート

2008年4月
 近所の産婦人科で検査 病院
  *超音波検査*
  *血液検査*
  *子宮頚がん検査*
  *子宮頚部細胞診*
  *クラミジア*
  *卵管通気検査*
  *精液検査* … など
 →結果:問題なし

2008年5~6月タイミング指導
 → ×印
2008年7月
 はじめての AIH(人工授精)
2008年8月
 2回目のAIH(人工授精)で
  妊娠 [記号]「○」*赤(白-薄い背景用) †SbWebs†  検査薬
2008年9月
 稽留流産 うるうる
 →8w0d
   隣市の病院で、
   子宮内容物除去手術 病院
   (掻爬手術)
2008年12月~2009年7月
 同病院にて
  タイミング指導2回、AIH5回
 → ×印

2009年8月
 不妊専門病院へ転院
 →体外受精へ向けて
   カウフマン療法 開始
2009年9月
 体外受精 Short法開始
2009年10月
 採卵 ひよこ
 → 体外受精5個
 → 顕微受精6個
2009年10月
 卵巣過剰刺激症候群 !?
  により移植延期 ガーン
2009年12月
 ・はじめての胚盤胞移植
 ・判定日
  →子宮外妊娠or異常妊娠
 ・大学病院へ転院
  →即入院&手術
    腹腔鏡手術&掻爬手術

2010年1月
 ・再掻爬手術
 ・退院
 ・退院後、初診察
  →HCG値下がる
2010年2月
 治療再開
2010年3月
 ・胚盤胞移植(2回目)
 ・判定日
  →陽性 検査薬
 ・胎嚢確認(5w1d)
 ・心拍確認できず
  (6w2d・稽留流産)
  →不育症の疑い
2010年4月
 10w5d 掻爬手術
2010年6月
 ・(一般的な)不育症検査
  →問題なし
 ・大学病院での不育症検査
  →結果
  ※血液凝固異常(プロテインS抗原)
    基準値以下
2010年7月
 凍結胚移植予定→延期
2010年9月
 ・HRT-胚盤胞移植(3回目)
 ・判定日→陰性×印
2010年10月
 採卵(2回目)へ向けて
     カウフマン療法開始
2010年11月
 体外(顕微)受精へむけて
         Short法開始
2010年12月
 ・採卵 ひよこ 7個
 → 2個未成熟卵
 → 顕微受精5個
 → 胚盤胞2個凍結
 ※プロゲステロン値が高いため
   移植延期
 ・卵巣過剰刺激症候群(OHSS)
  (卵巣の腫れ・腹水)
2011年1月
 HRT-胚盤胞移植(4回目)
2011年2月
 ・判定日→陽性 検査薬
 ・胎嚢確認(5w3d)
 ・心拍確認できず
  (6w2d・稽留流産)
 ・弱めの心拍確認(7w2d)
2011年3月
 ・心拍停止を確認
  (8w2d・稽留流産確定)
 ・出血(8w5d)

 
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